板東里佳 展 -Shadow of Color RICA BANDO

2009年2月10日(火)-20日(金)
Solo exhibition 2009.2.10(Tue)-20(Fri) 11:00-19:00

柴田悦子画廊東京都中央区銀座1-5-1 第3太陽ビル2F Phone 03-3563-1660
http://www.shibataetsuko.com/

・・・今展は作品のタイトルに、「ShadowI」、「ShadowII」、「Summer afternoon」、「Afternoon Shadow pink」、「Afternoon Shadow blue」、「Prospect park trees Blue,Yellow,Red」、「"Simple gift"pin oak 」とつけられているように、ShadowとColorを基軸に制作されているわけですが、影とは物体が光を遮った結果であって光がなければできない。
里佳さんの作品を思い返してみると以前からかなり光を描くということを意識されているように思うのですけれども、少しご説明くださいますか。

 英語で shadow of color と書きますと、私の影の色、という意味になり、影は暗色であるという概念から、何色であっても良いという広がりを持ちます。
shadow in color と書くのと全く違う意味になります。
平面であっても、立体であっても古典的なアートは、光が基軸となって表現せざるをえないと思います。現代アート、アーティストの精神面を表現するコンセプチュアルアートには光は必要ない、そういう意味では、私の作品は古典的ですね。
光が無くては、暗黒ですから。ただ、いろいろな状況によって光の色や強さが変わり、それを表現する事が好きです。
最初の展覧会は、北窓の光がテーマでした。それから外に向かって行き、冬の黄昏の光や日が昇る直前の光。
または、雲を描くことで光を描くという事もしています。
ある意味では、光を描くには何か光を遮るものが必要だともいえると思います。
雪国の日中の光を描くのに影を使った事から、影や木漏れ日のシリーズに繋がっています。ただ、影は肉眼で見れば平面でマットです。それだけを表現するのであれば、写真やシルクスクリーンという媒体の方が効果的だとおもいますが、彫刻を勉強した私としましては、空間の意識と空気を表現出来ていないと、私の内で完成作品にはなりません。
リトグラフの良い所は、勿論、描く技術と描いたものをつぶさずに刷る技術が必要ですが、描いたグラデーションが正直に出る事です。グラデーションの幅で、空間と空気を表現する事が可能になります。そして、作品を組み合わせる事で時間の幅が出てくる事も試みています。

・・・技法はリトグラフとお聞きしました。「Shadow I」、「Shadow II」等は一見するとモノクロのイメージに見えますが、シルバーメタルプリントの上にグレーで刷られている。重複しますが色も光がなければ見えませんよね。それでひとつ気になったんですが、洋紙ではなく雁皮紙や阿波紙などに刷られているのは、日本でいえば障子紙を透過する光の効果のようなものを狙ってという意味合いもあるのでしょうか。またエディションが10以下と少ないのは何故ですか。

 洋紙を使わなくなったのは、リトグラフ用の洋紙を、ドイツのザルカルというメーカーが作っていたのですが、製造中止となって久しいです。
リトグラフ、特に手刷りのリトグラフをする人口が激減した為です。アメリカの大きな画材店が在庫を持っていたので注文していたのですが、とうとう在庫が無くなりました。私の手持ちも50枚を切りました。リトグラフを刷る人は他の洋紙を使っていますが、私にはどうも白の色が気に入らないのと奇麗なグラディーションを出すには、雁皮紙の様な表面が必要です。その為、昔から雁皮紙を洋紙に貼付ける技法、チンコレがあります。近年、雁皮紙を厚い和紙に貼付けた機械摺の紙が出回る様になり、それを使っています。薄い80gの阿波紙は、透けるほど軽いけれど、プレスを通して表面を潰すのと、インクの調節でグラディーションが奇麗に出るので、木漏れ日が、風で揺れる様を表現するのに使いました。エディションが少ないのは、リトグラフ手刷りの為です。リトグラフ専門のアメリカの工房、タマリンドの職人でさえ、12枚が限度と言っております。実際は、プルーフを入れて倍の紙数を刷るのですが、人の手でやる事なので、多少の刷り違いが出て来ます、そこからプルーフと比較して、同等のものを選んでエディションにします。他のプリント技法は、日にちを置いても刷る事が出来ますが、リトグラフは、常時版を濡らしておかなければならないので、一日の内に刷り終わらなくてはなりません。50枚のエディションを刷るには、12枚刷るごとにインクを洗い落とし、新しくインクを版に乗せる事から始める、2人から3人の人手が必要の様です。私は、今のところ一人で刷っていますのでこれが限度と思っています。

・・・2000年頃の作品も木や風景を描かれていますが、当時はかなりリアルなイメージを感じていました。日本での個展は十年目を迎えられたいうことですが、この十年の間に有形から無形への移行は、外から内へのご自身の視線の変化とも言えるように思うのですが・・。

 視線の変化というよりも、リトグラフの技術の向上という事だと思います。
技術と経験の厚みが無かった為に今まで表現出来なかった事が沢山あります。Prospect park trees は、5年間温め続けた素材です。この素材は、5年前にはこのように表現する事が出来なかった、したとしても、地面の芝をこつこつと描いて、本当に欲しいものを見失っていたと思います。
きちんとどこかで捨てるものと、突き詰めるものをはっきり分けていかないと、良くここまで描いたねという自己満足で終わってしまう作品になってしまいます。
描き切る技術を突き詰めていく事は終わりの無い深遠な作業であるけれど、そこへ迷い込んで出られなくなる危険がつきまといます。
幸いな事に、私はもう若くはないので、迷い込んで出られなくなるほどの体力が無いということですね。(笑)
ただ、無形のものを追っていると、ファンタジーの世界に逃げないという私の不文律がある為に限界が来ます。何処をどう振っても何も出てこない。今がそうです。

・・・今回特に「Prospect park trees Blue, Yellow, Red」を拝見していて、なぜか「鎮魂」という言葉が頭の中を過ぎりました。それは人に対してというよりも、過ぎ去っていく刻に対してというか・・・。その答えが対面に展示された「 Simple Gifts pin oak 」のように感じましたのです。Simple Gifts は米国に移住してきたキリスト教シェーカー派の19世紀半ばの歌『Simple Gifts』からとられたのではないですか? 詳しくは分かりませんが調べていくと、賛美歌のようなものだとも。そこには「謙虚になる」「(正しき所に至るまで)変わる、変化する」という、生きる姿勢を説く象徴的な意味も込められているということでした。穿った見方かもしれませんが、私にはそこに里佳さんのメッセージが込められているように思えたのです。

 この作品を刷り終わったのが、オバマ大統領の就任式の日でした。娘は、就任式を学校の講堂で放送を観るという事だったので、それではラジオで聞くからね、と約束をしていました。アメリカ人の娘にとっては、時代を象徴する大切な日。それに報いようとしたのですが、やはりラジオを聞きながらでは刷れない。終わったところでラジオをつけましたら、就任式で演奏された Simple Gifts の再放送をしていたのです。それで、題名は、Simple Gifts。この曲は、おっしゃる通り、シェーカー教徒の曲ですが、アメリカ人にとっては、国歌に近い親近感を持っています。私自身も、Yo Yo Ma とAlison Krauss の共演奏や、クラシックギターの Christopher Parkening の演奏を、描く時に良く聞きます。清廉な人々の願いを託した曲を聞いていると心が透明になるわけです、そういう意味では、John Williams のアレンジメントは良くなかったですけどね。あれを聞いていると、経済を立て直していかなくてはならないオバマ大統領の苦難を思ってしまいます、透明にはなれないですね。だから、時代を表現した現代音楽なのかもしれないけれど。。。描く時というのは、自分にとってはセラピーのようなものと思っていた時期があるのですけど、日常のいろいろな雑事から逃げ込めるところという意味で。けれど、それは、さっきお話したように、有形のものを描いている時だけなのです。
無形のもののときは、細心の注意を払って全体のバランスを見ながら描いていかないと、描き過ぎ、グラデーションが無くなってしまい、空間が閉ざされてしまう。
そうなると、リトグラフは、消して描くという事が出来ないので、使った日数を指折り数えて、無念感に浸りながら、石磨きから始まる描き直しです。最近は、これでは作品として許せないという精神力と体力の葛藤になり、セラピーとはほど遠くなりました。刷りも同じで、刷りは、全くの肉体労働なので、刷り上がったものが何処まで許せるか?  体力尽きた、ここで諦めるか?という精神力の戦いになります。そういう意味では、(正しき所に至るまで)というのを毎日実践しているのかもしれません。

・・・最後にこれからの活動予定をお聞かせ下さい。

 これからこの夏一杯、ニューヨークの公園や帯広の仕事場で木や風景のデッサンをしようと思っています。秋からニューヨークの仕事場にこもって、次の展覧会の刷りに入るということで。。。次は、現代アーティストの内倉ひとみさんとコラボレーションをします。来年2010年、7月、帯広と9月、東京です。前回と前々回の展覧会のときの様に、阿波紙を沢山吊った作品になりますが、内容はこれから詰めていきます。

関連情報 RICA BANDOのニューヨークリポート

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