間島秀徳 展 Kinesis No.316 hydrometeor

2007年10月11日(木)-11月22日(木)11:00-19:00(日休廊)
香染美術 東京都杉並区阿佐ヶ谷南1-10-1 TEL03-3314-9106

・・・タイトルは「Kinesis No.316 hydrometeor」

「hydrometeor」は副題で気象学用語の水の循環を表す言葉なんです。「Kinesis」の言葉の意味といいますのは、ギリシア語が語源で生成と消滅を同時に含んでいるような動いて行くとか変化するなどの意味合いが含まれています。この言葉は私の制作プロセスそのものとぴったりと合致するところがありまして、テーマにして制作しているのです。

・・・今回の展示は作品の全容を見渡すのが難しいといいますか。内部に入ると外部が見えないというような展示方法ですが・・・。

一つには、絵画というか日本画を自分なりにずっと問い続けているということが念頭にあります。立っている絵画といますかね。壁にかかっているような絵といわれるものとは違う可能性を考えていて、形としては屏風の変形ですけれど、少し置き方を変えることによって、内側と外側が生まれてきたということがあります。ただ、今回の展示はこのような形の展示ですけれど、違う場所ではまた違う置き方が出来るようになっていまして、一応すべてつながっている作品なんです。置き方によっては自立しているようにも見えますし、空間も創ることが出来るということもあるのです。

・・・作品の大きさから身体性をとても意識します。

それは間違いなくあると思います。これ以上巨大になってしまうと、どうかなというのがあって、身体的に感じられるこの大きさがすごく重要、単にひたすら大きなものを作りたいと思っているわけではなく、必要な大きさとしてとらえているのです。
制作の中で自分の身体的な関わり方というのは、ある大きさの中でこそ見いだせる。そこで見たい本質的なものといいますか。自身に問い掛けることがすごく強く出てくる。指先で何かを作るよりも、意識させられるということが間違いなくあるんです。

・・・それは絵具という物質に向き合うことで、より意識するということですか。

そうですね。敢えて今、物質にこだわりたいということがありまして、そんな時代じゃないという人もいるかもしれないけれども(笑)・・・ある人に、間島さんの作品は「地と図でいえば水が図そのものなんだよね」といわれたことがあります。「そんな言い方も出来るな」と思ったのですが、その上で私にとってはこういう物質的なものが今必要なのかなと思います。

 

・・・物質と対峙することは、描き手だけではなく見る側にも何らかの意識が芽生えてくるのではないですか。

作品体験の少ない方でも、作品の中に入ることによって、何かを感じたり気がついたりすることがあるのではないかと、逆にそうあって欲しいなという気持ちはすごくあります。私の主張はこうなんだから分かってくれというよりは、ご覧になった方の気分で全然違うでしょうし、ゆだねてしまうということもあるのですけれども、その人自身の感覚を目覚めさすようなことも時には出てくるかもしれないですね。

・・・ゆだねる行為。それは他力的な・・・日本画は水を使うことで、ある意味他力は必要なことだと思うのです。

ある種、そういう技法を私の場合は過剰に繰り返しているというところがあるので、流すとかシミだとかというものを、すごく意図的に意識的に過剰に繰り返して、積み重ねで作っていく制作の方法ですからね。

・・・Kinesis は現在No.316、もう300点以上描かれているわけですが、この先もシリーズはずっと続いていくのでしょうか。

私は制作に入ってしまうと、その中に入り込んでしまい、ふっと止まって制作を終えた時に、自身で感じとった考え方なり思想をもう1回確認して次に向かっていくわけです。要するに自分の考えがまずあって作品を制作するというよりは、終わってから考えているということがある。タイトルも無題から水の働きというものに変わってきて、これから少しずつ変わっていく可能性もあると思いますし、作品そのものもじっくりと変化し続けているというところもあるんですけれども、スパッとタイトルなりが変わることによって、違ったものが見えてくるかどうかがこれからの課題かもしれません。私の場合は制作の中でしか、次にやりたいことが見いだせない。私のリアルに感じとれる制作方法は、制作していないと次はないということなんですよ。

 

(c)Majima Hidenori