金子稜威雄展

2007年4月2日(月)-14日(土) 11:30am-7:00pm (last day 5:00pm)

ギャラリー21+葉 東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル2F TEL 03-3567-2816

・・・タイトルは「Frogs under The Moon」

月の光に照らされたカエルという意味でつけました。ご覧になる方が作品の側を歩くと、気がついたカエルが動いている人を見るようになっています。カエルは光に反応しているのですが、実はこのカエルはアメ横のおもちゃ屋さんで売っていたものなのです。蛍光塗料(燐光塗料)が塗ってありまして、夜ベッドの側に置いておくとこのカエルが光るわけです。このカエルの面白いところは目玉が黒いこと、黒がよく目立つので見ている方向がよくわかりますよね。私の考えとしては、たくさんのカエルたちを睡蓮の葉っぱ( 睡蓮の図案・彩色 シノダユウ)の上に乗せて、散歩している人を見つめていたらさぞかしおもしろかろうということです(笑)。そういう遊び心で作ったものなのですよ。ただアイディアがあってもそれを現実にするまでにはけっこう時間がかかりますよね。まず物理的な実験から始めますので、出来上がるまでに約1年ぐらいかかりました。だからといってこのカエルが、センサーでつながって動いているというような物理的なことを説明するつもりはあまりないのです。

・・・2003年には「 刷り込まれた卵」、2005年には「Street is Under Construction」を発表。作品に通底するのは「動く」がキーワード。

2002年に時計の針がぐるぐる動くものも作りました。止まっているということは動いているものの一部を切り取ったということなのです。ぼくは元々物理が好きで時間に興味をもっています。時間の変化を考えるとどうしても動きというものが入って来る。動くということが基本です。また、時間はつながっています。死んだら終わりだと誰しもが考えがちですが、死んでも壊れた体の分子は風に乗って、別の生き物に入るかもしれない。ただいつから時間が始まったかわからないのと同じようにおそらく時間に終わりはあるかもしれません。でもそれまではすべてのものが動いているのです。

・・・医学の道からもの作りの道へ。

高校のときには絵を描きたい彫刻もしたいなと思っていました。ですが当時は貧しい時代でした。ぼくの家もご多分にもれず貧乏で、父は学費を出してくれましたけど小遣いは自分で稼いだものです。中学2年生のときに中学1年生の家庭教師をしていたくらいですからね。父から絵では喰えないと言われ生活のことを考えて医者になりました。ですから医者になったといっても医学が特に好きだったわけではありません。何も知らないで医者になり放射線医学を選びました。実は放射線医学というのはガンの治療をすることなのです。自分よりも若い人がガンになって亡くなって逝く、それはとても切ないことでした。自分よりも若い人が亡くなるというのは、精神的にとってもきついのです。以前外国の方から言われたことがあるのですが、「死んでいく者と看取る者とどちらが辛いと思うか。死んでいく人は死ぬまで親しい人に囲まれているからその人たちとの別れは無い。でも残されたものには別れが待っている」と・・・。何人もの患者を見送るとこちらがまいってしまいますよ。それに歳をとってくると、若いころのようにフレキシビリティがなくなります。それでこのままではダメだと思い、モノ作りを始めたのです。ジュエリーを作ったり自転車を作ったり、自転車といえばローマからベネツィアまで走ったこともあります。医者をやりながらでもそういう逃げ道があったから続けられたように思いますね。ありがたいことに定年になりまして、やっと自分の好きな道を歩けるようになりました。

・・・ブラックライトの下、時間がたつとカエルの声が聞こえてくる。都会では味わうことが出来ない声に、ほっと気持ちが和む。

ご覧になった方から今回の作品は、癒し系ですねと言われたのですが、ぼくは癒し系という言葉が嫌いでね。自分で癒されていると思うことも余分だと思うのです。ですから癒し系とか分類せずに人それぞれ好きなように見てくれればいいのです。この画廊のドアを開けてチラッと見て帰る人もいらっしゃいますし、一時間以上見ている人もいる。見た人が満足するのであれば、チラッとでもじっくりでも構わないんですよ。

ものを作り始めたのはここ数年です。その前は作ると言ったらずっと論文でした。ぼくは論文を書くのも作品を作るのも同じだと思っているんです。論文というのはとても個性的なものなのです。ぼくがこの下部のセンサーの部分を説明したくないと思うのは「結果だけを見てよ」と言いたいからなんです。論文は書いたときにスマートでなければいけないんです。本当は色んな実験をして失敗して、また別の方法を考えてと何度も泥臭いことをやっているんですよ。ですがこんなに失敗したと話したところで頭の悪さを言っているようなものじゃないですか(笑)。おそらく絵もそうでしょうし、こういう作品も同じだと思うのです。医者をやっていて作品も作っていると、どうしてお仕事が180度も違うのですかとよく言われるんですが、ぼくは全く同じことをやっています。ただものを作るのが楽なのは、人が死ぬという二度と取り返せない命に、寄りかからずにすむということなんです。自分の失敗だけですみますから、お金を無くなすだけですむわけですからね(笑)。それが違うんですよ。

・・・展覧会は1年半に一度。

来年は秋に予定しています。この画廊の空間はぼくにとってちょうどいい空間なんです。ドアや柱の位置もわかっていますからね。ただやりやすい半面、寸法が微妙にミリ単位で違いますし角は90度といっても90度ではない。図面上でははめ込めてもあとで入らないんですよ(笑)。だけど図面通りにはいかないところがおもしろい。色んな発見がありますからその度に利口になりますよ(笑)。

〜14日(土)まで。

(c) KANEKO Itsuwo

関連情報

金子稜威雄略歴
1935 東京生まれ
1962 東邦大学医学部卒
1963 医師国家試験合格(医籍第182070号)
1978 王立カロリンスカ医学研究所放射線医学生物学研究員(スエーデン)
1990 メイフラワーアトリエ(中村ミナト主宰)でジュエリーを学ぶ
個展
2002 ギャラリー21+葉(東京)
荒井アトリエ・ギャラリー(東京)
2003 ギャラリー21+葉(東京)
2004 村松画廊(東京)
2005 ギャラリー21+葉(東京)
2007 ギャラリー21+葉(東京)
グループ展
1992 日本ジュエリー展出品
1993 日本クラフト展出品
1995 ゲント市装飾美術館コンテンポラリージュエリー展(ベルギー)
東京国立近代美術館工芸館コンテンポラリージュエリー展出品
1996 日本クラフト展
1997 高岡クラフトコンペ(富山)
1998 朝日現代クラフト展
1999 朝日現代クラフト展
2000 第64回新制作協会展(東京都美術館、京都市美術館)
朝日現代クラフト展
2001 日本クラフト展
第65回新制作協会展(東京都美術館、京都市美術館)
2002 第3回NAU21世紀美術連立展(東京都美術館)
日本ジュエリーアート展
第66回新制作協会展(東京都美術館、京都市美術館)
GALERIE BEELD & AAMBEELD日本展(Enschedeオランダ)
第17回韓国装身具Design協会展 - 韓日現代装身具交流展(ソウル)
2003 第67回新制作協会展(東京都美術館)
第4回NAU21世紀美術連立展(東京)
自慢・満足・「まだまだ「誰でもピカソ?とんでもない!」」 (ギャラリー21+葉、東京)
The 4times Metal Element of Six Countries 2003(名古屋)
Takaoka Crafts Exhibition(高岡)
伊丹国際クラフト展
2004 第5回NAU21世紀美術連立展(東京都美術館)
自慢・満足・「誰でもピカソ?とんでもない!part-5」 (ギャラリー21+葉、東京)
Contemporary jewelry from six countries(SUDA)(ソウル)
45 Calacters(ACギャラリー)
第68回新制作協会展(東京都美術館、京都市美術館)
2005 第6回NAU21世紀美術連立展(東京)
2006 第7回NAU21世紀美術連立展(東京)
日本ジュエリーアート展
第7回NAU21世紀美術連立展(東京)
第69回新制作協会展(東京都美術館)
Marginal art Exhibition ギャラリー砂翁&トモス(東京)
第9回我孫子野外美術展(我孫子)
三人展 Kyohan sixgallery(栃木県益子)
第8回NAU21世紀美術連立展(東京)
受賞
高岡クラフトコンペ奨励賞
我孫子野外美術展稲穂賞
所蔵
東京国立近代美術館