■略歴
1958
1982
1984

【個展】
1983
1985
1993
1994

【グループ展】
1980
1981

1982



1983

1984

1986

1987
1990
1993
2002

2003

2004


2005


【他】
1987
2002
2005

愛知県名古屋市生まれ
多摩美術大学卒業
多摩美術大学大学院修了


Gアートギャラリー, 東京銀座
コバヤシ画廊, 東京 [87.’88.’89.’91.’95,’02,’03`05]
モリスギャラリー, 東京銀座(’99)
ギャラリーなつか, 東京銀座(’98.’00)


「新制作展」東京都美術館(’81.’82.’85.’86’.87.’88)
「中部新制作展」<新人賞受賞>愛知県美術館
「IMPACT展」東京
「BATTLEROYAL」東京
「中部新制作展」<中日賞受賞>愛知県美術館
「第4回中日展」愛知県博物館
「第18回神奈川県展」神奈川県民ホール
「第16回現代日本美術展」東京都美術館
「第5回中日展」<準大賞受賞>愛知県博物館
「中部総合美術展」愛知県美術館
「中部新制作展」愛知県美術館
「COM展」東京
「禄山展」埼玉県立近代美術館
「COM展」東京
アートファクトリー玄, 東京
「第15回記念中日展<受賞作家展>」愛知県博物館
「アートコミュニケーションpart3」健康倶楽部, 東京
「アートコミュニケーション」ギャラリーなつか, 東京
「百年の賞楽ー人ーexhibitLIVE[laiv]」東京
message 2003 コバヤシ画廊,東京
「東山魁夷記念 日経日本画大賞展」<入選>ニューオータニ美術館,東京
Message 2004 コバヤシ画廊/東京
「ART FIELD出版記念展」あーとじょい, 東京
「平成16年度 文化庁買上優秀美術作品披露展」日本芸術院会館
Message 2005 コバヤシ画廊, 東京


ホルベイン「スカラシップ」
BT5月号展評
文化庁優秀美術作品買上

・・・タイトルは「wibblewobble-fusion」、少しご説明ください。

「Wibblewobble」と言う単語はないんですよ。Wibblewobbleというのは、イギリスで使われている遊び言葉なんです。サブタイトルにfusionとつけたのは融合という意味合いからなんです。Wobble というのは、揺れるとか揺らぐとか動揺するとか、そういう意味の単語ですけれども、Wibble には単語自体に意味がありません。しかしWibblewobbleになると、遊び言葉として成り立ちます。ですからその言葉は、私の絵の意図するところと共通項があるのではないかと思うのです。

・・・共通項というのは?

Wibblewobbleは、言葉として成り立つものと成り立たないものが共存することによって、遊び言葉として成り立つわけです。言い換えればどれが真実でどれが擬であるのか。逆に言えばすべてが真実であり、すべてが擬であるのかもしれない。物事においても同じ事が言えると思います。争い事が起きた時、お互いに正義を主張するけれど、それは違った立場に立てば反対の意味を持ちます。人もそうかもしれません。いくつもの顔をその時々でのぞかせます。本当は揺らぎのない真実を求めていきたいけれど、真実は一体どこにあるのか?もしかしたらないのではないか。そんな答えの出せない複雑に絡み合った世界の中に、私たちは身を置いているのです。それがWibblewobbleの世界観です。この作品も一番上の和紙に描かれた形の下に、何層にも紙が貼られています。それらは和紙の下にあるので、すぐには分からないのですが、それぞれに独立性を持ったペイントがされています。

・・・何故でしょうか?

見る方がこの空間に入った時に、時間の経緯と共にそれが段々現れて見えてくるような仕組みになっているからなんです。それが段々現れてきて、前の層の形態と重なりあってまた新たな形を醸し出す。見る角度によって裏のペイントが消えていったり、また角度を変えると、現れたりするように描かれているのです。目の前に見える物だけが全てではなく、その裏に隠れているもの、またそれが見えてきたときに新たに生まれる物があると言うことを実感してほしいのです。

・・障子のような格子状の支持体を使われているのは、奥に描かれたものが、光を通して立ち現れてくるからということなんでしょうか。

そうです。今回は裏も見られるようにしてあるのですが、光によって全然違う表情がそこに表れてくると思います。

・・・そういえば、2005年は壁面に展示してありませんでしたか。

去年よりもっと絵の中に入り込んでもらおうという意図があったからです。それと今回は14枚で1点という連続した作品の中で、独立性も持たせているので・・・例えば14枚中の1枚の作品に2枚目につながる連続性を持たせているんです。2枚でカットしても一つの作品として成り立つような形態を持たせています。画面を前方に立たせるには1枚の平面状では立ちませんから、こういう角度をつけて、二つずつ組み合わせているんですよ。

・・・描かれているものに動きがあるので、風のような波のような肌触りを感じます。動きをかなり重要視されているのではないでしょうか。変な言い方に聞こえるかもしれませんけれども、風神雷神が現れるような空気感もありますね。

動きに関してはかなり重点を置いています。
予兆とか前兆をすごく意識してるんです。ここから何かが現れるというか、例えば、それが立ちこめれば何か起きるのではないか、そういう不安感なり、期待感なり、「これから何か始まるんじゃないか」その部分を描くことによって、ここから風神雷神が現れるかもしれない。現に見え隠れするペイントが、作品の中で展開していくことから、見る人は不安感や期待感などが加わって次の展開を想像していくのではないか、と思うんです。

・・・何かの形になる前の混沌とした状態、エネルギーがそこに集中してきて、何かが生まれるアプリオリのイメージということですね。そこからの構築の仕方は、見る側にゆだねるということですか。

前兆ということで人々は、自分の育ってきた経過なり記憶なりの意識の中に、何かを作り上げられるのではないのかなと、そういうものがそこに加わっているんですけれど。

・・・美術の醍醐味は見えるものと見えないものをつなぐものではないかと、私は思うのですけれど、見えないものというのは、混沌とした状態、秩序以前といいますか、そこにはざわりとした気配みたいなものがないと、なかなか分からないのではないかと思うんです。ですから微妙に角度を変えて展示されているのに妙味を感じます。

空間に合わせて展示したんですけど、この作品としてはこれがベストに見えるのではないかと思っています。この置かれた形が一定の折り曲げの繰り返しですと絵と空間のバランスが崩れてしまうことから、それぞれの角度は同じにならないようにしています。そうすることでこの空間と作品との調和を成り立たせていくと思うのです。また作品のサイズを決めるとき、西洋であればよく用いられる美意識として黄金比という比率がありますが、この作品は日本古来からある障子、襖、畳のサブロク的サイズの意識があるわけです。やはり現代に至るまで、そのサイズが消滅されてはいないのは日本人の美意識の中に、その大きさと形というのがあるのではないでしょうか。だったら日本人として表現できる美意識というものを、作品の中に取り入れて行った方がいいということから、このサイズにしました。

・・・これからの展開はいかがですか。

今回初めて壁から出したということで、ある意味においてこの作品の空間がより一層広がったということもありますので、中の形態および設置する環境というものに対しての意識を高めていき、これからも表現、空間の可能性を求めていきたいと思っています。

・・・これから具体的なものが描かれていくという意味合いではどうでしょうか。

ある程度ストーリー性なり具体性というものがどこかに出てくる可能性はあると思うんですけれども、いまはそれに至るまで微妙に揺れ動く心の位置で、人の心をくすぐるような、期待感や不安感や何が起こるか分からないような意識を、もっともっと奮い立たせるような形態を結びつけて行こうか、と思っているんです。

(c)KURAHASHI TOSHIAKI