福島保典 展
2005年9月26日(月)-10月8日(土)


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ギャラリー椿
東京都中央区京橋3-3-10 第1下村ビル1F TEL 03-3281-7808
10:00-18:00 日・祝 http://www.gallery-tsubaki.jp/tsubaki.html


1951 群馬県高崎市生まれ
1979年〜1996年
創元展(創元会次賞、準会員賞、会員新人賞、会員賞、安田火災美 財団奨励賞、文部大臣奨励賞)
1989 東京セントラル油絵大賞展(東京セントラル美術館)
1990・1991年
     安井賞展(セゾン美術館)、日仏現代美術展(パリ、グランパレ美術館)
1990 上野の森美術館大賞秀作展(箱根の森美術館)
1991 安田火災美術財団奨励賞新作秀作賞(東郷青児美術館)
1991・1994年
     個展(阿久津画廊)
1994 昭和会展(日動画廊)
1997 個展(煥乎堂ギャラリー)
2000 個展(ギャラリー椿GT2,高崎高島屋)
2003 個展(ギャラリー椿)
2004 ニューギャラリーオープン記念展(ギャラリー椿)
2005 個展(ギャラリー椿)


 古人の絵を模写してみる。しかし、模写は出来ても、模写では到達できない現にあるものには、とうてい近づけない。そんな繰り返しをどれくらいして来たろうか。
 そして今、私は「顔」を描いている。現実に生活する特定の人物の顔を描いているのではない。私の周りで粘着性を帯びて私にからみつく世界と、私の周りにいながらいつもすれ違う希薄な世界とに漂う、無数の、本来は顔と呼ばれることなどないはずだった「顔」達である。それは、ある時、ある人達には、すみれ、百合、猫、蛇、道路、ビル、空き缶、人形、陽光、潮騒と名指されるもの達である。けれど私は、その名指されるもの達の輪郭や色彩や質量や雰囲気などを、再生したいわけでも、しているわけでもない。私は、名指されていながら決して名指されることなど出来ないはずのもの達の実在を、私の創造である「顔」に託して、カンバスと言う世界に蘇生させたいと願っている。それは多分、私が吐く息、私が残す足跡、私が垣間見る夢と、同義語なのかもしれない。
 私の眼の前で、私のカンバス上の風景は、色彩が混ざり合い、溶け合い、モノクローム同然の世界を表現することが多い。正直に言えば、私が絵の具を混ぜ合わせるのではなく、混ぜ合わさった絵の具が私に絵を描かせるのである。それは、たとえれば世界のすべてを隈なく明らかに見極めようとして、思いの限りカメラを駆使した結果、ハレーションを起こすようなものかもしれない。
 私にとっていつも気がかりなのは、私の絵が名付けられるはずのない世界の「顔」を、きちんと発言しているかどうかと言うことである。


・・・ギャラリー椿ではGT2での個展を含めて3回目。テーマは「顔」。
2003年(http://www.gallery-tsubaki.jp/2003/030616.htm),2000年の作品を拝見すると、以前は顔が画面に溶け込んでいたようなイメージを受けました。2005年になると、顔が少し独立してきていますよね。

以前の作品は抽象的な仕事だったと思います。それ以前はある意味、観念的に見えたかもしれないけれども、形を追及していたんです。あるところから気持ちが変わって、具体的なものに近づけようという仕事に入ってきました。

・・・「現実に生活する特定の人物の顔を描いているのではない」と、コメントにもありましたが、誰かを想起させるような顔ではなく、自我と他者が混沌として絡み合って・・・時間の中を漂っているような「顔」のイメージを感じます。

普通に生活している特定の人物を描くというのには興味がないんです。「顔」を表現していますけれども、ある意味それは借物というか・・・人の意識の表層的な部分や何かを指し示す指向対象としての実体を描くのではなく、実在感を描こうとしているのかなと思いますね。

・・・実在感を描くということは、生まれたからには死ぬべき運命を背負っているそれぞれの人の持つ深層に流れている時間や歴史を、描くということですね。顔の輪郭の部分に、痕跡が残されているのが垣間見え。時間が絵具の層となって堆積されている。

そういう意味では時間を形として描いているのかもしれません。

・・・色も以前より徐々に白に近づいていませんか。

白い色を無垢なものとして感じています。白という色を自分の画面に塗り込めていくと、形を見つけられるような気がするんです。また逆に、白い色はいろいろなものを削ぎ落とすことができる。

・・・いろいろなものを削ぎ落とすことによって、本質が見えてくるんでしょうね。

まさにそうだと思います。ただ自分が意識をして白に向かっていったかというとそうではなく。感性にあったというか。無意識に選択した部分もありますね。

・・・無意識に選択した部分ですか。

私はよくいたずら描きをするんですよ。ボールペンや鉛筆を使って何気なく描いていると、何かの拍子にふっと形になる。それを参考にしています。ですから絶えず描き続けている。これを描こうと決めて、白紙の画用紙に写しとっていくような下書きはしたことがないんです。ですから画面に、ドローイングしていくような感覚で描き始めます。

・・・フィニッシュは難しくはないですか。

緊張感を持って、画面に向かっていないと見つからないときはありますね。気がつかない、で終わるときもある。でも自然に神の手が降りる瞬間がくるんです。

・・・神の手が降りる瞬間ですか。

ただ、いつもそうなるわけではないですよ(笑)

・・・そうするとこれからは?

削ぎ落とす作業を続けながら、フォルムや画面を単純化させながら自分が追及している線や色、形を見つけられたらと思っています。もっと大胆に端的な形や線を引きたいですね。それをするには常に手を動かしドローイングをし続けることが重要だと思っています。

〜10月8日(土)まで。

(c)FUKUSHIMA YASUNORI