Kaleidscopic Gallery Scene

鈴木亘彦展
“イミテーション・ゴールド −紛い沼”


flash skip

ギャラリー椿
2005.7/20-8/13
東京都中央区京橋3-3-10 第1下村ビル1F TEL03-3281-7808 fax.03-3281-7848
a.m.11:00〜p.m.6:30(最終日p.m.5:00まで)
http://www.gallery-tsubaki.jp/tsubaki.html

 

・・・今回のインタビューは、鈴木さんのご希望で、恒松正敏さん
http://www.gallery-tsubaki.jp/2005/050509/tsunematsu/0509.htm)との対談です。なぜ恒松さんとの対談を?

鈴木:自分の制作の根底にあるのは、十代の頃に自分が受けた印象が強いんです。年を取れば取る程そこに引っ掛かっていて・・・。僕は69年生まれですから、80年代が10代なんですよ。それに丁度80年はパンク10周年の時期。当時はラジオから曲が流れていても、パンクという言葉すら知らなくて、その当時 伝説のギタリストとして恒松さんが活躍されていたんです。その頃バンド自体はもうなかったんですけど、確か100Clubというミュージック系ミニコミ 誌で、恒松さんのインタビューを拝見した覚えがあるんです。多分、丸の内画廊で「百物語」を発表されていた頃だったと思うんですけど、恒松さんは画家でありながらギタリストであり、そのインタビューも絵のことが中心に書いてありました。僕はそれからレコードを買ったりして、だんだんNew Waveを体感していくんですが。それはテクノであったりパンクであったり、映画であったり、文学であったり、そこにかなり影響を受けていて、今でもそれを引きずっているんです。僕はこういう形で作品を発表しているんですけど、そこの部分にコンセプトがあることをわかって欲しくて恒松さんと話をしてみ たいと思ったんです。

・・・では、まずタイトルの“イミテーション・ゴールド −紛い沼”の意味をお聞かせ下さい。

鈴木:僕のなかでは一貫していることなんですけど、本物なんだけども偽物ということですかね。例えば演劇であれば仮想空間をそこに創り出すわけじゃないですか。演劇自体はノンフィクションであっても、演技をしていることはフィクションである。あまりうまく説明できないんですが、作っているのは事実だけれども、作ろうとしていることはフィクションといえばいいんですかね。

恒松:何となくわかるような気がします。ある種の演出ですよね。

鈴木:絵本の物語はあり得ないことだけれども、描こうとしている行為は現実だ。みたいな・・・それは裏腹なんだけれども、僕のなかでは、一貫してやってきたことで、タイトルもそれに沿ってつけてきたつもりです。2003年に開催した展覧会は、「机上の野池」
http://www.gallery-tsubaki.jp/2003/030630.htm)というタイトルをつけました。机上というのは、机上の空論という意味の机上で、野池は自分の作品に例えているんです。なぜ池を使ったかというと、自分のなかには冒険小説みたいなものがあって、そこにまだ見たことのないものを探しに行く物語的な部分があ るからなんです。
今回の展覧会は、その続きというか・・・。
“イミテーション・ゴールド −紛い沼”は、どちらが本題でどちらがサブタイトルでもいいようにつけてあるんです。イミテーション・ゴールドは山口百恵の歌ですよね。ニール・ヤングの曲には“ハート・オブ・ゴールド”というのがあって、要するにゴールドというのは黄金とは訳さない。“ハート・オブ・ゴールド”が最上級のハートという意味であれば、イミテーション・ゴールドは紛いもの・・・自分の心を偽るという意味と似ているなと思ったし、凄くかっこいいなと思ったんです。

恒松:僕が鈴木君の作品を見て面白いと思うのは、作品のタイトルと作品が違うなと、それはタイトルがあっていないという意味ではなくて、彼が説明したことにもつながるんだけれど、一見作品だけを見ると、とても都会的でスマートでおしゃれな印象を受ける。でもタイトルを見るとちょっと違う。むしろNo○○とかの方が合うと思う。だけどクールじゃないタイトルのつけ方をしているのが非常に面白いと思うんです。こういう感じになる以前の作品も見ているので、当時はもうちょっと泥くさいものもあったと思うから、僕は不自然にはとらえていないんですよ。

鈴木:自分のなかでは言葉遊びがかなりあります。制作においても、オブジェはわりと文学っぽいと思っていて、作っている行為は演奏ぽいと思っているんですよね。

・・・演奏ぽいというのは?

鈴木:“No NewYork”(4グループのコンピレーションアルバム)はご存じですか。プロデューサーは、Brian Enoでしたよね。

恒松:そうです。一般的な所謂ポピュラーフィールドではないけれど、今の時代の音楽にまで影響を与え続けているんですよね。あれは78年ぐらいかな。今、画廊に流れている音楽もBrian Enoだよね。彼は結構重要で、僕の個展の時も彼の曲をかけています。“No NewYork”というのは、かなり革新的なことをしようとしていたんですよね。

鈴木:恒松さんがいたバンドのメンバー(このアルバムのレコーディングには加わっていません)が、以前加わっていたんですよ。その時代の新しい文化を作ろうと思ったぐらい動きがあったというか、いまだに皆現役でかかわっていますが、有名なのはアート・リンゼイがかかわっているし、坂本龍一は常にそのアルバムの名前を出しますからね。何が面白いのかというと、坂本龍一が言うには「どう考えてもドラムは下手だ。でもあんなリズムは誰も打てない」と、坂本龍一は色んなミュージシャンを連れてきたり、サンプリングして同じようにやったけれどできなかったんですよ。下手なことはわかっていても、何か面白いことをやろうと。僕はそういう文化が面白くて・・・例えばクラフトワークの初期だって、シンセサイザーで和音が出ないなかでどうしていこうかと、普通にアコースティックバックを使えば和音が出せるわけじゃないですか。でも短音しか出ないシンセサイザーで何かをする可能性を考えたりとか・・・巧とかそういうものと違った閾での表現の追求みたいなもの。ポップというかキッチュというか、それを総称してNew Waveだったと思うんです。僕はそこに一番影響を受けていて、自分もそういう表現ができないかと思って作り続けているんです。

恒松:”No NewYork”というアルバムは、ほとんどが素人なんです。音楽的な訓練はほとんどの人が受けていない、だけどこれだけの表現ができるというか。単に下手ウマではないレベルで、音楽はこう在らねばならないというものをひっくり返したんです。美術で言えば、ウォーホルとかデュッシャンとかが提示したものと同じぐらいの影響を色んな分野に与えているんですよね。

・・・そうするとお二人の共通点と言うのは、既存のものに挑戦するというようなことなんですか。

恒松:それはもう彼らがやってしまったことなので、自分のやり方をそのなかで模索していくということですね。ただその当時僕は20代前半の頃でしたので、かなりショッキングなものを感じました。

・・・すみません。音楽のことがよく分からなくて。

鈴木:恒松さんのギターを、最近再発売で伝説のライブ盤が出た時に改めて聞いて、ファーストアルバム自体はそんなに勢いがない印象があって。どちらかというとソロになってからの方が好きだなと思って、でもライブ版を初めて聴いた時に、その時のテンションというんですかねぇ。毎回同じように刺し身が切れるような職人さんとは違うギターの弾き方というか。丁度リチャード・ヘルのギタリストのロバート・クワインのような印象が凄くありますね。その人はもの凄い技術を持ちながら変に聞こえるんですよ。下手ウマとは違うレベルのテンションだから。その勢いとフレーズが凄かったなと、それが僕が作品を作っている時のテンションというか勢いにも反映したいし、でもコンセプトはちょっと違うというか。音楽も楽曲を作る時と演奏する時はだいぶ違うと思うんですよ。それと似ているなと思います。

恒松:テンションの高め方というのは共通していて、それを失わないようにしようと言うか。そういうことでしょ。

鈴木:そうですね。最近気になったことの一つに、恒松さんの鯰の絵にやられたんですよ。恒松さんの展覧会の後、鯰の本を古書店で探してしまいました。墨絵なんだけれども純粋な墨絵とは閾が違うと思うんです。恒松流の鯰を見た時にかっこいいと思いました。

恒松:あれはテンションがバリバリに高いつもりなんです(笑)。

鈴木:高村光太郎さんの彫刻の鯰に近い気がしたんですよ。高村さんは本当はどうか知らないけれど智恵子を寝かしつけてから、部屋で制作していたということを読んだことがあるんです。そういうものがダブって見えて、やはりその辺にインスパイアされているというか。絵のテンションの高さに衝撃を受けたというか。

・・・鯰の作品は、元や宋の時代の作品に通底している精神性を感じましたけど。

恒松:僕は、中国の元とか宋の時代の古いものが好きでよく見ているんだけれども、当時の人達のような墨の使い方が僕は絶対できないので、一見そういう風に見えるけれども、描き方としては自分の意のままにしか描いてないんです。そういう意味ではまったく別物でもあると思います。精神性というのは特殊なことをやったから出るわけではなくて、日常の全部の蓄積だと思うんですよ。

・・・なるほど。ところで今回の鈴木さんの作品をご覧になって恒松さんはどう思われますか。

恒松:新しい表現も出てきているし、モノトーンの作品は、前回からあったかもしれないけれど・・・。

鈴木:今回のDMの作品は、僕が1番言いたいことかもしれません。話を少し戻しますが、クラフトワークが和音が出ないシンセサイザーの範囲で楽曲を作っていくようなことと同じで、あまり何もしないで何かを表現をするということですかね。要するにただでかいガラスの塊を置いてもいいと思うんです。それで十分きれいだと思うんですね。そういう説得力みたいなものを出したいと思った時に、わりとこの作品がぽっと出て来て、あれは型ガラスを組み合わせただけなんですけど、そういった意味ではただのガラス。でも言いたいことがストレートに言えたかなと思うんですよ。

・・・ガラスというのは色んな空間を見せてくれているような気がしますね。

鈴木:透けているというのは凄いですよね。プラスチックは触った時のなま暖かさが嫌いなんですよ。ピタとついた時に冷やとした感じが好きでガラスを使うんですけど、他に水晶だとかも使ってみたいなと思いますね。

・・・のぞき込むと違う何かが見えるようで・・・。

鈴木:それも音楽に例えれば、要するに弾こうと思って出た音ではない音がどこかに出てるわけですよね。例えば民族楽器でもバネみたいなものがギターみたいなものの先についていて、リズムとまったく関係なくそれがジンジン鳴っていたりするわけですよ。要するにそれはただの効果音なんです。ないと確かに寂しい。でもそれは操作不能なわけですよね。勝手に出るんですから、それを利用している部分はあると思うんです。そういう素材は面白いなと思う。

・・・こういう言い方は変かもしれませんが、作品のなかに入ったり出たりできるような感じがします。

鈴木:やはりそこの部分を考えていくと、80年代のNew Waveシーンになっちゃうんですよ。“裸のランチ”とかにヤク中になって現実と中毒の境が無くなって、幻覚症状の境がなくなる表現が多いと思うんですけど、そういうどこが基準になるか分からない曖昧な境目を、鏡を使って出している部分は確かにありますね。それに以前よりもオブジェという意識が強くなっているんです。80年代に松岡正剛さんが工作舎というところから「遊」という雑誌を出していて、よくシュールリアリズムのことを扱っていたんですよ ね。要するに澁澤龍彦さんや巌谷國士さんのこととかが書いてあって、その当時オブジェということに拘っていたみたいなんです。80年代というよりは70年代なのかな。そういう本とかを読むことが多くて、キッチュ論とか寺山修司とか赤瀬川源平の対談とかを読んでいると、オブジェとは何か。キッチュとは何か。それを読んでいた時に、自分はわりとそこに近いところにいるなと。デュッシャンの話ではないですが、何でもオブジェになりうる。このコーヒーカップもオブジェになりうるけれども周りのシチュエーションによるわけじゃないですか。あるいはそれを持った人がそれをどう扱うかによって変わっていくみたいな話ですよね。やはり言葉遊びだと思うんですよ。ものに言葉を乗っけてそれに意味合いを持たせるような・・・詩に近いようなものというか・・・。

恒松:例えばマグリットがパイプの絵を描いて、「これはパイプではない」みたいな(笑)。

鈴木:そうですね。ダリの溶けた時計に何を意味を持たせるか。そういうものに近いんじゃないかな。

・・・何かを指し示す指標的な言葉というよりも、表出的な言葉ということですか?

鈴木:僕はそれを文章とか、頭のなかできっちり整理させていないんだと思うんですよ。だから話すのが苦手というか。文章にするのは特に苦手なんですけど、ただ“No New York”は、そうでなくていいみたいなことを教えてくれるものなんです。結局は出てきたもので、相手が何かを感じるかだから、そこを学術研究みたいきっちりまとめてどうこうではなくて、このコンセプトを今の勢いで表すんだみたいなところがあって、やはりそこのカルチャーがNew Waveだったと思うんですよね。ただ今まで作品を発表するたびに、送り手側と受け手のギャップに引っ掛かっていたんですよ。これはこの世代を経験した 人でないと分からないのかもしれないのかなと。当時のものにものすごく影響されているものは多いと思うんですけど・・・。

・・・確かに若い頃の自分と音楽がどのような繋がりを持っていたのかを考えるとイメージが浮かびやすいかもしれませんね。

恒松:今回僕が話をしたのは、最初に彼が言ったけれど、普通鈴木君の作品を好きになった人でも、彼が10代20代の前半に、僕の音楽を含めて影響を受けたことが、作品の中に流れているとは誰もそこまで分からないじゃないですか。ですからそういう意味でも、何となくわかってもらえればいいと思うんですよ。

〜8月13日まで。

(c)SUZUKI NOBUHIKO

 

このページについて